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1章 4

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-08-21 20:08:05

 重くなった空気が不吉なガスのように充満していく。

 そんな空気を、いずみが制した。

「ま、まあまあ。そうだ墓川、春弥は記憶が混乱しているんだから、もう一度この状況を教えてあげた方がいいんじゃないかな?」

 助かった。おそらく場にいる全員がそう思ったことだろう。墓川はあからさまに顔色を明るめて、ぐいっと身を乗り出す。

「ふむ、それもそうだな。田下くん。ラストフィナーレは覚えているか?」

「いや、そのラストフィナーレとかいうのを含めて何もわからないんだけど」

「そうか、そこまで記憶が損傷しているか。なら最初から説明しよう」

 墓川は深呼吸を一つして、ゆっくりと語り出す。

「全ては半年前のことだ。彗星メギドが月に衝突し、その尾が地球をかすめたことが全ての原因だ。覚えているかね?」

「い、いや……月にぶつかったのか? 地球じゃなく」

 墓川は頷く。

「ああ、月にぶつかったんだ。彗星メギドだが、最初のニュースが七ヶ月前だった。ハワイにある小惑星地球衝突最終警報システムでアトラス彗星が発見されたことに端を発する」

「小惑星地球衝突最終警報システム? アトラス彗星?」

「ハワイにはさ、小惑星が地球に衝突しないか観測する天文台があるんだよ。アトラス彗星ってのはまだ固有名前のついてない彗星のこと。それも忘れちゃった?」

「いや、忘れたというか」

 知らない。そんな出来事、俺の人生で一度だってない。しかも半年?

 俺は四日前まではごく普通の世界で暮らす、平凡な高校生だったのだ。知るわけがない。

 だからこそ、確信する。

 この世界は――俺の世界ではないと。

 墓川は続ける。

「そのアトラス彗星は当初は地球への衝突可能性は非常に高いと報道され、世界中がパニックになった。だがすぐさま衝突の危険性はないと撤回したのだ」

「陰謀論が湧いたよねー」

 いずみがお湯でコーンスープの粉末を溶かし、由那に配りながら言った。各自回していけということだろう。

「ん」

 と、由那が俺にコーンスープを差し出してくれた。

「あ、ありがとう。美味しい……」

 体が温まる。心も、何故か温まった。

「けっ、それでシェルターのためのサギ集団が横行しやがった」

 面木がコーンスープをすすりながら、唾棄するようにこぼした。花香が面木のコーンスープをふーふーする。

 墓川もコーンスープをすすりながら、小さく頷く。

「ああ、しかし逆にそれらが我々に、所詮は陰謀論だろ? と楽観視させる要因になってしまった」

 いずみがぼそっと。

「陰謀論じゃなかったのにね」

「そうだ。そのサギ集団は各国政府の狙いだった。政府は密かにシェルターを作っていた。そこで選ばれた数万人を秘密裏に避難させていたんだ」

「じゃあ、君らは……」

「ああ、僕の父はジャーナリストでね、その情報を掴んだんだ。だが、それを公表する前に事故死した。いや、殺された」

「殺……」

 穏やかじゃない話だ。よく見ると墓川の肩が震えている。コーンスープが揺れ、ぱしゃっと黄色い水滴がわずかに宙に浮く。

 彼は、眉間に皺を寄せながら、忌々しそうに、

「だが父が残した情報を見ると、復讐する時間はなかった。数週間でアトラス彗星が衝突することがわかっていたからな。そこで僕は――安全衛生委員会を立ち上げた。あまりに急だったんで五人しか集まらなかったが」

 と言った。

 それには、いずみも残念そうにため息をつく。

「あれだけ勧誘したんだけどねー」

「てめえの態度がワリィからだよばーか」

「そうよそうよ。ねー、面木くん」

 面木と花香は味方しなかった。墓川が恨めしそうに二人を見る。

「……そして何とか我々はこのシェルターを建造した。もう一度勧誘するつもりだった。家族も呼んでね」

 一呼吸置いて。

「だが、その日は来なかった」

「…………」

 それはわかる。ここにいるのは六人だけだ。家族がいない。誰も居ない。六人だけだ。

 それはつまり、唐突に、いきなり、突如として、世界が滅びたことを意味する。

 墓川は遠い目をしながら語る。

「ラストフィナーレと呼ばれる日。彗星に名前がつけられた。その名はメギド。彗星メギド」

「確かにね、メギドは『地球に衝突』はしなかったんだよね。ただ」

「月にぶつかったと」

 俺の言葉に、墓川はコーンスープをすする。まるで頷くのを拒否するように。

「ああ、月は地球の引力圏を抜け出して宇宙の彼方へ消えていったよ。だがそれによりメギドの軌道がそれ、地球に衝突はしなかった」

 疑問が浮かんだ。

「でも、それならどうして世界はこんなに? ぶつからなかったんでしょ? 月の破片が飛んできたとか」

「いや、メギドの尾が地球の大気をかすめ、空気を持って行った。それにより破局的天変地異が発生する。それと、月がなくなったのがまずかった。空を見たまえ」

「…………」

 俺は一旦外に出て、空を見る。そろそろ夕方だった。夜八時近くなって、ようやく夕方。凍てつくような空気が体に刺さる。

「まだ日没に達していないからわかりにくいが、月がないだろう?」

「あ、ああ。ない。確かに。でも、さっきから月になんでそんな固執を?」

「だって、ラストフィナーレは月がなくなって起こったから。メギドじゃない」

「え?」

 それは意外な言葉だった。

 月がなくなったから人類は、いや地球は滅亡したというのか?  そんな馬鹿なと言おうとする前に、墓川が答える。

「月は地球の引力によって安定しているが、地球もまた月の引力の影響を受ける。ハンマー投げを想像してみたまえ。アスリートが地球。ハンマーが月だ。だが月が突如として消えたら地球はどうなる?」

「ど、どうなるのさ?」

「地軸が壊れる。地球は現在地軸が狂っている。九十度になったり十度になったり四十五度になったり頻繁にバラバラになる。現在地球はグラグラ揺れているんだ。それに伴い自転もおかしくなっている。自転というのは軸の方向に回るからね。今は夜の八時なのに明るいだろう? 地軸が変な方向に傾いているから夜にならないんだ」

「地球が……揺れる……」

 そんなことがありうるのか。

 いや、ありうるのだろう。皆の顔がそう言っていた。

「これにより破局的な天変地異が世界各地で発生し、文明は消滅した。人類も、植物も、動物も、皆死んだ。今は七月なのに冬のように寒いだろう? そもそも夏というのは地球が傾いているからだが、それが壊れてしまったからね。そしてシェルター……我々は箱船と呼んでいるのだが、それに避難した者と、ごく一部の生還者を除いて」

「…………」「…………」「へへ」「…………」

 何故か、一同の視線が一斉に俺へと向けられる。

「え、え? え?」

 俺はたまらず、自分を指さした。

 全員が同時に頷く。

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